安全航行祈願神事、プチ練習
- 2012.04.29 Sunday
- 15:33
本日は、大北、山下、両クルーと海開きの神事、来月のレースに向けてのプチ練習を行ないました。
1.プチ練習
朝6時会社出発、ハーバー着が8時過ぎ、直ちに艤装して出港し、ハーバー沖は無風なので楓ブイ付近まで移動したところ心地よい南風が吹いてきたのでスピン帆走、ジャイブ練習をしました。
5月も苦しいレースになることは分かりきっていますが、何もやらずに惨敗だけは避けたく、確実にこのレースが現有艇最後のレースなので、何とか相応しい結果を残したいものです。

スピンセールをセットする山下クルー

ジャイブ完了!ぎこちなさが若干残るものの、少しずつ進歩しており、女性がバウマンをきっちりこなせればとてもカッコイイと思います。

大活躍していた山下クルーが、いつもの如く急にパワーが切れてダウン!心地よい南の順風だったので、そのまま大北クルーのスピントリム練習に切替えて、山下クルーにはそのまま休んでもらいました。

スピントリム中の大北クルー、彼も私の火の出るようなシゴキに耐えながらも徐々に勘を体得しつつあります。彼らは仕事で私にこき使われ、ヨットでもぼろくそに言われながらもやっている。昨今弱い人が増えましたが、老若男女関係なく少しでも向上心がある人は簡単に弱音を吐かないものです。世の中豊かになりすぎ、厳しいことを要求する人も少なくなったような気がしますが、これでは”いいものづくり”は出来ないというのが私の持論です。未だ道半ばですが、この姿勢を追及する所存です。

いい感じの帆走状態です。

楓ブイが小さく見えています。船の後ろは太平洋です。
2.神事
今年1年の安全航行を祈念しての神事が執り行われ、我が艇も3名で参加しました。

船のオーナーの前に神主さんが立ち、祈願開始です。

一人一人のオーナーにサカキが配布され、私も奉納し、写真はありませんが、大北、山下クルーもサカキを奉納しました。
1月よりクラブレースはありますが、一般的にヨットは4月以降シーズンとなるため、それに先立つ行事です。昨年は無事故で終えることが出来ましたので、今年も安全航行できますようにと祈るばかりです。
久間
1.プチ練習
朝6時会社出発、ハーバー着が8時過ぎ、直ちに艤装して出港し、ハーバー沖は無風なので楓ブイ付近まで移動したところ心地よい南風が吹いてきたのでスピン帆走、ジャイブ練習をしました。
5月も苦しいレースになることは分かりきっていますが、何もやらずに惨敗だけは避けたく、確実にこのレースが現有艇最後のレースなので、何とか相応しい結果を残したいものです。

スピンセールをセットする山下クルー

ジャイブ完了!ぎこちなさが若干残るものの、少しずつ進歩しており、女性がバウマンをきっちりこなせればとてもカッコイイと思います。

大活躍していた山下クルーが、いつもの如く急にパワーが切れてダウン!心地よい南の順風だったので、そのまま大北クルーのスピントリム練習に切替えて、山下クルーにはそのまま休んでもらいました。

スピントリム中の大北クルー、彼も私の火の出るようなシゴキに耐えながらも徐々に勘を体得しつつあります。彼らは仕事で私にこき使われ、ヨットでもぼろくそに言われながらもやっている。昨今弱い人が増えましたが、老若男女関係なく少しでも向上心がある人は簡単に弱音を吐かないものです。世の中豊かになりすぎ、厳しいことを要求する人も少なくなったような気がしますが、これでは”いいものづくり”は出来ないというのが私の持論です。未だ道半ばですが、この姿勢を追及する所存です。

いい感じの帆走状態です。

楓ブイが小さく見えています。船の後ろは太平洋です。
2.神事
今年1年の安全航行を祈念しての神事が執り行われ、我が艇も3名で参加しました。

船のオーナーの前に神主さんが立ち、祈願開始です。

一人一人のオーナーにサカキが配布され、私も奉納し、写真はありませんが、大北、山下クルーもサカキを奉納しました。
1月よりクラブレースはありますが、一般的にヨットは4月以降シーズンとなるため、それに先立つ行事です。昨年は無事故で終えることが出来ましたので、今年も安全航行できますようにと祈るばかりです。
久間
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4月15日クラブレース
- 2012.04.15 Sunday
- 18:12
4月15日(日)クラブレースについて書きます。
今月は土曜日にみっちり練習して、日曜日のレース本番に臨む所存でしたが、クルーの大北君の急な出張、山本君の欠席のため3名での出場となり、結果は下記の通り、8艇中7位で、パッとしない成績でした。

加えてカメラを忘れ、解像度が悪い携帯写真となってしまいすみません。
スタートはまあまあの出来でしたが、わが艇の最も苦手とする南の軽風で、船の性能がもろに出ます。スタート直後風上への上り性能が悪いため、じわじわ離されていきました。J24というわが艇よりも二回り以上小さい船との上り角度の差は約10度、艇足もわが艇は遅く、楓ブイ到達時には艇団からかなり離されてしまいました。
気を取り直してスピンラン、出港前に3人でイメージトレーニングしていたせいか、何とか無事あげることができました。
特筆すべきは、普段はマグロ状態の女性クルー、山下さんの活躍です。彼女にはバウマンをやってもらいましたが、ジャイブを含めほぼ一通りこなせました。やはり、男、女は関係がないと改めて認識し、また船酔いを忘れたかのような活躍は見事でした。
また、最高齢の石川さんもまあまあ奮戦してもらったため、致命的なミスはなかったものの、上り性能の悪さでの敗戦は悔しいものがあります。
最後にゴールして帰ろうとしたところ、スピンハリヤードがジブファーラードラムに絡まっていることがわかり、入港して掃除した後にすぐに直しました。これは簡単ではなく、10m以上もあるマストに、ボースンチェアというものをつけて、よじ登って絡みをとるのです。マリーナに頼めば約1万円!、最初は体重が軽い山下クルーにさせようと思っていましたが、自ら行いました。実に20年ぶりでしたが、何とかできました。

上の写真はマストの3分の2のスプレッダーで撮った写真です。ここで8mほどです。

上の写真も同じ場所からとりましたが、山下、石川さんの両名が私を墜落させないようにメインハリヤードを守ってくれています。
マストトップに到達して、絡みを取り、一目散におりました。20年ぶりのマストトップからの景色は、最高でした!
さて、来月はこの船での最終レースとなります。負けることがわかっていながら自艇で出るか、J24を借りるか悩ましいところですが、われわれ日本人は劣勢な状況で挽回というのが定番、負けが込んでいてもわが艇で出場し、有終の美を飾れるよう努力します。
今月は土曜日にみっちり練習して、日曜日のレース本番に臨む所存でしたが、クルーの大北君の急な出張、山本君の欠席のため3名での出場となり、結果は下記の通り、8艇中7位で、パッとしない成績でした。

加えてカメラを忘れ、解像度が悪い携帯写真となってしまいすみません。
スタートはまあまあの出来でしたが、わが艇の最も苦手とする南の軽風で、船の性能がもろに出ます。スタート直後風上への上り性能が悪いため、じわじわ離されていきました。J24というわが艇よりも二回り以上小さい船との上り角度の差は約10度、艇足もわが艇は遅く、楓ブイ到達時には艇団からかなり離されてしまいました。
気を取り直してスピンラン、出港前に3人でイメージトレーニングしていたせいか、何とか無事あげることができました。
特筆すべきは、普段はマグロ状態の女性クルー、山下さんの活躍です。彼女にはバウマンをやってもらいましたが、ジャイブを含めほぼ一通りこなせました。やはり、男、女は関係がないと改めて認識し、また船酔いを忘れたかのような活躍は見事でした。
また、最高齢の石川さんもまあまあ奮戦してもらったため、致命的なミスはなかったものの、上り性能の悪さでの敗戦は悔しいものがあります。
最後にゴールして帰ろうとしたところ、スピンハリヤードがジブファーラードラムに絡まっていることがわかり、入港して掃除した後にすぐに直しました。これは簡単ではなく、10m以上もあるマストに、ボースンチェアというものをつけて、よじ登って絡みをとるのです。マリーナに頼めば約1万円!、最初は体重が軽い山下クルーにさせようと思っていましたが、自ら行いました。実に20年ぶりでしたが、何とかできました。

上の写真はマストの3分の2のスプレッダーで撮った写真です。ここで8mほどです。

上の写真も同じ場所からとりましたが、山下、石川さんの両名が私を墜落させないようにメインハリヤードを守ってくれています。
マストトップに到達して、絡みを取り、一目散におりました。20年ぶりのマストトップからの景色は、最高でした!
さて、来月はこの船での最終レースとなります。負けることがわかっていながら自艇で出るか、J24を借りるか悩ましいところですが、われわれ日本人は劣勢な状況で挽回というのが定番、負けが込んでいてもわが艇で出場し、有終の美を飾れるよう努力します。
- レース
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3月クラブレース
- 2012.03.18 Sunday
- 20:51
本日3月18日(日)に行なわれたクラブレースについて書きます。
前日は雨に祟られて練習ができず、加えて大北クルーは海外出張帰りで体調が思わしくなかったため、日曜朝からの参加でした。
2月は3名にもかかわらず善戦できたので、今月もと意気込んでいましたが、裏目に出て結局6艇中6位という結果に終わりました。

スタートは完全失敗でしたが、上マーク回航後にスピンランになり、
前の艇団に追いつくことができ、楓ブイまで接戦状態で、とても楽しいものでした。

我が艇より少し大きいアサマさんとの接戦の模様です。
この間にジブシートがバウの下に潜り込んでいるとも気付かず、マーク回航しました。ジブが引けず、ここで3艇に抜かれ、ドベに転落しました。一度差がつくと、中々追いつくことができず、苦戦を強いられ、加えて雨が降ってきて、無風状態の場所もあり、とてもきついレースでした。

ツブリコ(最後の島)を回航する時には、前の艇団は、はるか彼方におりましたが、再びスピンランになり、少し追いつくことができ最後の上りで勝負するつもりでしたが、間に合わず結果的に最終ゴールでした。
今回分かったことは、我が艇はスピンランは悪くない、むしろ上りが非常に悪いので、これを如何に克服するかです。
来月は恐らくこの船での最終レースとなるため、有終の美を飾るべく、前日午前、午後の練習をして望む所存です。
前日は雨に祟られて練習ができず、加えて大北クルーは海外出張帰りで体調が思わしくなかったため、日曜朝からの参加でした。
2月は3名にもかかわらず善戦できたので、今月もと意気込んでいましたが、裏目に出て結局6艇中6位という結果に終わりました。

スタートは完全失敗でしたが、上マーク回航後にスピンランになり、
前の艇団に追いつくことができ、楓ブイまで接戦状態で、とても楽しいものでした。

我が艇より少し大きいアサマさんとの接戦の模様です。
この間にジブシートがバウの下に潜り込んでいるとも気付かず、マーク回航しました。ジブが引けず、ここで3艇に抜かれ、ドベに転落しました。一度差がつくと、中々追いつくことができず、苦戦を強いられ、加えて雨が降ってきて、無風状態の場所もあり、とてもきついレースでした。

ツブリコ(最後の島)を回航する時には、前の艇団は、はるか彼方におりましたが、再びスピンランになり、少し追いつくことができ最後の上りで勝負するつもりでしたが、間に合わず結果的に最終ゴールでした。
今回分かったことは、我が艇はスピンランは悪くない、むしろ上りが非常に悪いので、これを如何に克服するかです。
来月は恐らくこの船での最終レースとなるため、有終の美を飾るべく、前日午前、午後の練習をして望む所存です。
- レース
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2月レース
- 2012.02.24 Friday
- 19:42
2月19日(日)第6回目となるクラブレースに参加しました。前回のブログに書いてあるように、ぼろ負けの予感がしていたため、仕事が多いので土曜日午前のみ出勤し午後から練習することにしました。ところが、下記のとおり雪交じりの絶好?の練習日和でした。雪が見えますか?

案の定、船を出してみると港外では20ktを超える強風で、しかも吹雪、練習初参加の石山さんにはとてもかわいそうでしたが、「歓迎の印」と言って慰めました。しかしどんなに荒れていようが、明日のレースダントツドベだけはなんとしても避けたく、30分程度ではありましたがタック練習を行い、いよいよ北のほうから吹雪になりましたので、早々に引き上げました。港内に入れば、外の吹雪は嘘のように穏やかで、しかも暖かいくらい、本当に我がマリーナは恵まれていると思いました。
入港してからは、整備作業です。コクピットスピーカーが破損していましたので、交換しました。電気屋の石川さんに交換を依頼し、下記がその様子です。

シリコンがねっとり付いているため、取り去り取り付けました。

新品のスピーカー、取り付け後に試験をしましたが、結果良好!これで夜の音楽鑑賞体制も整いました。
この後は、初参加の石山さんを歓迎する意味でマリーナ主宰の牡蠣を主体とした冬の宴に3人で出席しました。五ヶ所湾は牡蠣の産地で、ここ船越地区で取れたものを出しているそうです。

生牡蠣に牡蠣フライ、その他たくさんのバリエーションがあり、とてもおいしくいただきました。なんと石山さんは生まれてこの方、牡蠣を食べたことが無かったのです!驚きでしたが、食べてもらった所、美味しいの連発できれいに食べてもらいました。満足してもらってよかった!
この宴の後は恒例のジャズコンサートです。私は個人的にスタンダードが好きですので、いつも楽しみにしています。

上記はワンショットですが、サックスの響き、ボーカル、ギター等とても心地よいひと時でした。

石山さんはボーカルのトモコさんとツーショットでご機嫌です。この後は船に帰り、早く休んで明日に備えるつもりでしたが、ウィスキーが置いてあり、夜の1時過ぎまで飲んでいました。これはレーサーにあるまじき(?)ことで、ヨット乗りは酒飲みが多いとは言え、反省です。ウコンの力を飲んでおいたお陰でダメージは軽かったですが、そういう問題では無く、自分自身の心の弱さに腹が立ち、3月は二の舞を踏むまいと思います。(だめかな?)
さて、いよいよレースです。スタートはもたもたしましたが、まあまあの出だしで、ウェザーマークも上位で回航できました。しかし、その後各艇がスピンを上げるのに、私はじっと我慢でした。風が振れるのが怖くて(私一人と素人2人では対応できないため)、我慢を重ねました。しかし上位であったのが気がつけば最後尾になってしまい、このとき風は安定的と判断し、オートパーロットで自動操舵させ、一気に行いスピンアップ、何とか第1マークはドベを免れました。

上の写真はスピンアップ直後で、前方に先行艇が見えます。
この後、上り(風に対し)になりますが、まあまあの艇速ガ確保でき、今までとは違った満足を得ることができました。と言うのも、今回ぼろ負けしないために直前に船底掃除を行い、昨日ビミニトップを含め、かなりのものを陸揚げしたのも大きかったと思います。

上は風上航のワンショットです。
抜きつ抜かれの連続で、気を抜けませんでしたが、何とか艇団に食らい付いていきました。

最後の風下航で他艇がスピンを上げるのに、我が艇はじっと我慢!と言うのも、風の振れが大きいこの海域において私が舵を放せなかったためです。それでも何とかついて行く事ができましたが、結果は着順は僅差でドベになりました。しかし精神衛生上、ダントツとは違い、着順ドベでも今回は満足のいく内容でした。
さて、結果はと言う前に、レース後はアフターパーティーがあります。1人2千円の破格値で!

乾杯によりスタートで、一通りおなかを満たした後は結果発表です。発表はレース委員長が行い、各艇スキッパーともう一人がコメントを言うことになっています。迷わずもう1人は初参加の石山さんで、参加者の中で一番若い女性でした。彼女のコメントのあとは、おじさんたちの惜しみない拍手があり、やはり若い女性は得ですね。

ヨットレースにはハンディーキャップがあり、我が艇は着順こそドベでしたが、結果は10艇中5位で、劣勢な状況(最高齢のクルーと素人女性クルー)にもかかわらず善戦しました!
それも老齢にむちを打ちながら頑張った石川さん、練習初参加なのに流石若いだけあって、石山さんの飲み込みのよさもあり、何とか漕ぎ付けられました。感謝です。
来月は、フルクルーで、二日酔いせず3位入賞目指して頑張ります。
久間

案の定、船を出してみると港外では20ktを超える強風で、しかも吹雪、練習初参加の石山さんにはとてもかわいそうでしたが、「歓迎の印」と言って慰めました。しかしどんなに荒れていようが、明日のレースダントツドベだけはなんとしても避けたく、30分程度ではありましたがタック練習を行い、いよいよ北のほうから吹雪になりましたので、早々に引き上げました。港内に入れば、外の吹雪は嘘のように穏やかで、しかも暖かいくらい、本当に我がマリーナは恵まれていると思いました。
入港してからは、整備作業です。コクピットスピーカーが破損していましたので、交換しました。電気屋の石川さんに交換を依頼し、下記がその様子です。

シリコンがねっとり付いているため、取り去り取り付けました。

新品のスピーカー、取り付け後に試験をしましたが、結果良好!これで夜の音楽鑑賞体制も整いました。
この後は、初参加の石山さんを歓迎する意味でマリーナ主宰の牡蠣を主体とした冬の宴に3人で出席しました。五ヶ所湾は牡蠣の産地で、ここ船越地区で取れたものを出しているそうです。

生牡蠣に牡蠣フライ、その他たくさんのバリエーションがあり、とてもおいしくいただきました。なんと石山さんは生まれてこの方、牡蠣を食べたことが無かったのです!驚きでしたが、食べてもらった所、美味しいの連発できれいに食べてもらいました。満足してもらってよかった!
この宴の後は恒例のジャズコンサートです。私は個人的にスタンダードが好きですので、いつも楽しみにしています。

上記はワンショットですが、サックスの響き、ボーカル、ギター等とても心地よいひと時でした。

石山さんはボーカルのトモコさんとツーショットでご機嫌です。この後は船に帰り、早く休んで明日に備えるつもりでしたが、ウィスキーが置いてあり、夜の1時過ぎまで飲んでいました。これはレーサーにあるまじき(?)ことで、ヨット乗りは酒飲みが多いとは言え、反省です。ウコンの力を飲んでおいたお陰でダメージは軽かったですが、そういう問題では無く、自分自身の心の弱さに腹が立ち、3月は二の舞を踏むまいと思います。(だめかな?)
さて、いよいよレースです。スタートはもたもたしましたが、まあまあの出だしで、ウェザーマークも上位で回航できました。しかし、その後各艇がスピンを上げるのに、私はじっと我慢でした。風が振れるのが怖くて(私一人と素人2人では対応できないため)、我慢を重ねました。しかし上位であったのが気がつけば最後尾になってしまい、このとき風は安定的と判断し、オートパーロットで自動操舵させ、一気に行いスピンアップ、何とか第1マークはドベを免れました。

上の写真はスピンアップ直後で、前方に先行艇が見えます。
この後、上り(風に対し)になりますが、まあまあの艇速ガ確保でき、今までとは違った満足を得ることができました。と言うのも、今回ぼろ負けしないために直前に船底掃除を行い、昨日ビミニトップを含め、かなりのものを陸揚げしたのも大きかったと思います。

上は風上航のワンショットです。
抜きつ抜かれの連続で、気を抜けませんでしたが、何とか艇団に食らい付いていきました。

最後の風下航で他艇がスピンを上げるのに、我が艇はじっと我慢!と言うのも、風の振れが大きいこの海域において私が舵を放せなかったためです。それでも何とかついて行く事ができましたが、結果は着順は僅差でドベになりました。しかし精神衛生上、ダントツとは違い、着順ドベでも今回は満足のいく内容でした。
さて、結果はと言う前に、レース後はアフターパーティーがあります。1人2千円の破格値で!

乾杯によりスタートで、一通りおなかを満たした後は結果発表です。発表はレース委員長が行い、各艇スキッパーともう一人がコメントを言うことになっています。迷わずもう1人は初参加の石山さんで、参加者の中で一番若い女性でした。彼女のコメントのあとは、おじさんたちの惜しみない拍手があり、やはり若い女性は得ですね。

ヨットレースにはハンディーキャップがあり、我が艇は着順こそドベでしたが、結果は10艇中5位で、劣勢な状況(最高齢のクルーと素人女性クルー)にもかかわらず善戦しました!
それも老齢にむちを打ちながら頑張った石川さん、練習初参加なのに流石若いだけあって、石山さんの飲み込みのよさもあり、何とか漕ぎ付けられました。感謝です。
来月は、フルクルーで、二日酔いせず3位入賞目指して頑張ります。
久間
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昨年から1月までのレース結果
- 2012.02.05 Sunday
- 10:51
今回は昨年から今年1月までのレースについて書きます。
昨年4月にヨット部を設立し、月一回程度基本練習をしてきて、8月よりクラブレースに参加(9月以外)しています。私以外全員素人を率いてのレース出場は厳しいですが、やりがいもあると言うものです。日本全体が少子高齢化が進んでいるように、ヨット界も高齢化が進んでいるのは例外ではありません。今のマリーナで、特にオーナーは、私を除き40代の人はいないのではないかと思われます。しかしここ数年でなったのではなく、とても活気があった時期もあるのです。
それは、私が20代の頃(90年代前半)です。
私はその頃海上自衛隊の護衛艦、潜水艦の運行幹部として勤務しており、休みになると後輩の合宿支援と合わせて先輩の所有する船に乗ってレース、クルージングをしてきました。また長崎佐世保の勤務時は、地元大村湾に係留してあった41フィートのレース艇のクルーもしていました。
その頃は、今と違い携帯電話、インターネットなど無く、また同年代が非常に人口が多かったせいもあり、マリーナは若いクルーで溢れており、レースの前夜祭もとても活気があり、それ故にとても楽しい時間をすごせました。
またコミュニケーション能力も海自で培った要素は大きいのですが、ヨットと言う趣味を通じて様々な職業の人々とインターアクションを取れたことは、特に職業軍人であった私には有意義この上なく、またこれは現在に至るまで民間企業でもその成果を生かせることができたと感じています。翻って現代の若い人たちは、お恥ずかしながら弊社社員も含めて極端にコミュニケーションが苦手、もしくは得意でない人たちを多く見受けます。それはやはりインターネット、携帯、ゲームに代表されるような1人で完結してしまうツールの発展によるものだと考えますがいかがでしょうか?古い考え方と言われるかもしれませんが、商売の基本は人であることに変わりなく、また学校、政治、その他どの分野を見ても人を介在して世の中は成り立っています。ですから人との意思疎通がしっかり取れなければ、これは社会人としては、かなりお荷物を背負っているといって良いと思います。という事になると、社会人として大成するには、様々な人々とのインターアクションが不可欠で、それも30歳前くらいまでが旬であるといえると思います。20代の方は、仕事以外に一生をかけられる趣味を持ち、それを通して様々な職業の人々と接触することが大きな財産となることは間違いありません。一つはじめてみてはいかがでしょうか?
話をヨットに戻します。
90年代の華々しい世界に比べ、現在はシングルハンド(1人)で乗っている方が多く(私も今まではそうでした)、しかも高齢化しており、若い20,30代のクルーは稀で殆ど見ません。時代が変わり、きつくてお金の出費(自分の装具等)もあり、夏暑く冬寒いスポーツであるヨットは受け入れられないのでしょうか?特殊なスポーツゆえ、アクセスできないと言うこともあるでしょうが、やはりこの素晴らしさが受け入れられないのは残念で仕方ありません。ニュージーランドは我国より一人当たりGDPは低かったと思いますが、4人に一人はヨットを持っています!同じ島国ですが大違いですね?
この先オーナーの高齢化が進み、若いオーナー、クルーが増えなければ、どうなるだろうと考えた時に、会社でのヨット部設立を考えたわけです。私如きガ1人奮起しても始められませんが、小さな一歩にはなります。
レースに話を戻します。
昨年の成績は、以下のとおりです。分母が参加艇数、分子が順位です。
8月は6/6でドベ、9月は仕事で欠場、10月は3/6で3位入賞、11月は5/6、12月は7/9、今年初回の1月は9/9で2回目のドベでした。

3位入賞時の順位表(上)、下は盾


10月のレース後の集合写真、山下さんはまだ酔っていてグロッキー
毎回Bクラスの下で、いくら素人を率いているといっても悔しくてたまりません。負ける理由を船の性能、クルーの錬度、クルーが揃わない等いくらでもいいわけできますが、それをしたら全て負けだと思っています。今年はその全てを克服して、わがチームの飛躍の年にしたいと思っています。
下の写真は1月のレーススタート前

ドベになった1月のレース結果

そういっている矢先の2月のレースは、5名中3名が技能試験、都合で出場できず、唯一クルーの中では最高齢の石川さんのみ参加可能です。これでは昨年12月の二の舞(このときも2人だった)なので、女性ハンディーをゲットすべく、独身の石山さんに声を掛けたところ、快く(?)承諾してくれました。しかし、私と素人二人には変わりなく、石山さんはクラブレース初参加です。今からどのように戦うか、実は以前から検討しています。会社の業務は非常に立て込んでいますが、何とか土曜日1時間でも練習したい所です。そうでないと、ぼろ負けのような気がして、気が気ではありません。
マリーナの他の船は、我々よりも一回り、二回り程度年上の元気なおじさんヨットマンばかりで、わがチームの平均年齢40歳を考えると、十分有利に戦える条件は揃っています。いかに仕事等による欠場を減らし、かつわがクルーの錬度を上げるかにかかっているのです。嘗て野村監督が「負けに不思議の負け無し」といっていましたが、そのとおりです。わがチームは負けるべくして負けているのであって、今年はそれを少しでも克服する元年とします。
これができれば参加する社員の業務へもいい影響が期待でき、趣味、仕事両方向上させることが可能です。シーマンシップを身に付け、レースでの闘争心を持ち合わせれば、必ず仕事にも好影響を与え、参加した社員も成長する。これが私の目指すところであり、将来は新入社員教育、階層別の合宿訓練も取り入れて、船乗り出身の私にしかできない社員教育を開発したいと考えています。
久間
昨年4月にヨット部を設立し、月一回程度基本練習をしてきて、8月よりクラブレースに参加(9月以外)しています。私以外全員素人を率いてのレース出場は厳しいですが、やりがいもあると言うものです。日本全体が少子高齢化が進んでいるように、ヨット界も高齢化が進んでいるのは例外ではありません。今のマリーナで、特にオーナーは、私を除き40代の人はいないのではないかと思われます。しかしここ数年でなったのではなく、とても活気があった時期もあるのです。
それは、私が20代の頃(90年代前半)です。
私はその頃海上自衛隊の護衛艦、潜水艦の運行幹部として勤務しており、休みになると後輩の合宿支援と合わせて先輩の所有する船に乗ってレース、クルージングをしてきました。また長崎佐世保の勤務時は、地元大村湾に係留してあった41フィートのレース艇のクルーもしていました。
その頃は、今と違い携帯電話、インターネットなど無く、また同年代が非常に人口が多かったせいもあり、マリーナは若いクルーで溢れており、レースの前夜祭もとても活気があり、それ故にとても楽しい時間をすごせました。
またコミュニケーション能力も海自で培った要素は大きいのですが、ヨットと言う趣味を通じて様々な職業の人々とインターアクションを取れたことは、特に職業軍人であった私には有意義この上なく、またこれは現在に至るまで民間企業でもその成果を生かせることができたと感じています。翻って現代の若い人たちは、お恥ずかしながら弊社社員も含めて極端にコミュニケーションが苦手、もしくは得意でない人たちを多く見受けます。それはやはりインターネット、携帯、ゲームに代表されるような1人で完結してしまうツールの発展によるものだと考えますがいかがでしょうか?古い考え方と言われるかもしれませんが、商売の基本は人であることに変わりなく、また学校、政治、その他どの分野を見ても人を介在して世の中は成り立っています。ですから人との意思疎通がしっかり取れなければ、これは社会人としては、かなりお荷物を背負っているといって良いと思います。という事になると、社会人として大成するには、様々な人々とのインターアクションが不可欠で、それも30歳前くらいまでが旬であるといえると思います。20代の方は、仕事以外に一生をかけられる趣味を持ち、それを通して様々な職業の人々と接触することが大きな財産となることは間違いありません。一つはじめてみてはいかがでしょうか?
話をヨットに戻します。
90年代の華々しい世界に比べ、現在はシングルハンド(1人)で乗っている方が多く(私も今まではそうでした)、しかも高齢化しており、若い20,30代のクルーは稀で殆ど見ません。時代が変わり、きつくてお金の出費(自分の装具等)もあり、夏暑く冬寒いスポーツであるヨットは受け入れられないのでしょうか?特殊なスポーツゆえ、アクセスできないと言うこともあるでしょうが、やはりこの素晴らしさが受け入れられないのは残念で仕方ありません。ニュージーランドは我国より一人当たりGDPは低かったと思いますが、4人に一人はヨットを持っています!同じ島国ですが大違いですね?
この先オーナーの高齢化が進み、若いオーナー、クルーが増えなければ、どうなるだろうと考えた時に、会社でのヨット部設立を考えたわけです。私如きガ1人奮起しても始められませんが、小さな一歩にはなります。
レースに話を戻します。
昨年の成績は、以下のとおりです。分母が参加艇数、分子が順位です。
8月は6/6でドベ、9月は仕事で欠場、10月は3/6で3位入賞、11月は5/6、12月は7/9、今年初回の1月は9/9で2回目のドベでした。

3位入賞時の順位表(上)、下は盾


10月のレース後の集合写真、山下さんはまだ酔っていてグロッキー
毎回Bクラスの下で、いくら素人を率いているといっても悔しくてたまりません。負ける理由を船の性能、クルーの錬度、クルーが揃わない等いくらでもいいわけできますが、それをしたら全て負けだと思っています。今年はその全てを克服して、わがチームの飛躍の年にしたいと思っています。
下の写真は1月のレーススタート前

ドベになった1月のレース結果

そういっている矢先の2月のレースは、5名中3名が技能試験、都合で出場できず、唯一クルーの中では最高齢の石川さんのみ参加可能です。これでは昨年12月の二の舞(このときも2人だった)なので、女性ハンディーをゲットすべく、独身の石山さんに声を掛けたところ、快く(?)承諾してくれました。しかし、私と素人二人には変わりなく、石山さんはクラブレース初参加です。今からどのように戦うか、実は以前から検討しています。会社の業務は非常に立て込んでいますが、何とか土曜日1時間でも練習したい所です。そうでないと、ぼろ負けのような気がして、気が気ではありません。
マリーナの他の船は、我々よりも一回り、二回り程度年上の元気なおじさんヨットマンばかりで、わがチームの平均年齢40歳を考えると、十分有利に戦える条件は揃っています。いかに仕事等による欠場を減らし、かつわがクルーの錬度を上げるかにかかっているのです。嘗て野村監督が「負けに不思議の負け無し」といっていましたが、そのとおりです。わがチームは負けるべくして負けているのであって、今年はそれを少しでも克服する元年とします。
これができれば参加する社員の業務へもいい影響が期待でき、趣味、仕事両方向上させることが可能です。シーマンシップを身に付け、レースでの闘争心を持ち合わせれば、必ず仕事にも好影響を与え、参加した社員も成長する。これが私の目指すところであり、将来は新入社員教育、階層別の合宿訓練も取り入れて、船乗り出身の私にしかできない社員教育を開発したいと考えています。
久間
- レース
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2011年 人・ヒト・ひとヨットレース参加
- 2012.02.04 Saturday
- 17:48
今回も引き続き昨年のイベント紹介ですが、これは当社の一大イベントでした。このレースは身体障害者をヨットレースに参加させると言う社会貢献的な意味合いのあるお祭りレースですが、単にレースをするということだけでなく、当社は会社を挙げて支援をしました。詳しくは昨年の従業員からの情報発信をご覧下さい。
さて、このイベントは蒲郡で行なわれるため、志摩から船を前日に回航しなければなりません。業務が忙しい最中、クルーを分けて実施しました。一口に回航といっても、自動車のようにはいきません。陸路だと200km弱で海路は60NM(約90km)ですが、船は足が遅く(時速約9km)、潮の影響を受ければそれ以下になりますし、ヨットなので風の方向によってはさらに遅くなります。
加えて自動車のように夜電気をつけて走ることはできないので、原則日没前に入港が基本です。ですから綿密な航海計画の立案が不可欠で、これが「スマートで目先が利いて几帳面、これぞ船乗り」と言う格言の原点とも言えます。
しかし、これらの要素は会社経営のみならず、ビジネスマン全てに応用でき、私は若い時から諸先輩方からの指導はもちろん、国家に面倒を見ていただいたので、感謝の念に耐えません。こうして、「陸に上がった河童」同然の私でも町工場の経営が何とかできるわけです。
話を戻し、回航に戻ります。この距離ですと朝5時に出ても夕方17時入港になります。計画してみた所、潮の影響はなさそうなので、予定通り朝5時に出港しました。海路は一直線というわけに行かず、途中、布施田水道をとおり、大王崎沖を通過し、伊良湖水道航路を横断しての、結構な航海です。

上が伊良湖岬です。朝5時に出てお昼過ぎでしたが、当日は無風、鏡をうった様な海面でした。それは夏の暑い日には何を意味するか、つまりデッキ上はとても暑いと言う事です。(ここでもヨットはセレブとは縁遠いことが分かります)
ここ伊良湖水道航路は、四日市、名古屋、豊橋に向かう大型船の航路になっていて、足が遅いヨットでの横断では最も気を使う場所でもあります。写真の左手には三島由紀夫の潮騒で有名な神島もあります。
結局この日は、目的地である日産東海マリーナに16時30分に入港しましたので、まずまずの船足を稼げたことになります。
船と言えば、「船酔い」を思う人も多いと思いますが、わがチームの唯一の女性クルーの山下さんは、いつも長いクルージングでは下の写真のようになってしまいます。(ごめんなさい)

私が若い頃船に乗っていたころも、何日乗っても船酔いする人がいて、気の毒で仕方なかったことを覚えていますが、彼女もその1人です。とうとう大病院で受診して、薬まで処方してもらったそうです。
しかし、褒めるべき点も多々あり、出港すれば必ず船酔いし、長距離になると酷い酔い方をするのですが、彼女はヨットを辞めません。それは社長が監督であると言うこともあるでしょうが、そんなことは要素としては小さいと思います。冬用の装備をこの間そろえましたが、個人負担が約5万円ですが、それも独身貴族のなせる業か、一括払いです!彼女の会社での仕事は機械加工で、小型から大型の工作機械、しかも数値制御機を自在に扱いながら部品を加工しています。(少し褒めすぎかな)
特に外国のお客さん、この間はインドのお客さんが、それにひどく驚いており、驚きを通り越して非常に感心していました。日本のお客さんでも結構驚く方が多く、当社が標榜している男女平等は間違っていないと確信しました。労働力人口が確実に減っているわが国において、女性の能力活用を真剣に考えない企業は淘汰されると私は考えており、故に職務による男女差別をしていたのでは話になりません。当たり前ですが、男女とも賃金は差がありません。
加えてマリーナ主宰のパーティー等では、素直な彼女を捕まえて話した人が、「久間さん、お宅の社員はいい子だね」と言われ、当然悪い気はしません。弊社の若い人は彼女を含め社交下手な人が多く、というより人と接することを好まない(現代の若者の風潮か?)もしくはそのような機会を避ける人が多いので、ヨットを通していろいろな価値観の人と知り合うのは、とてもよい人生経験になるし、これは間接的に企業人としての資質をも向上させると考えています。いくら優秀でも人と接することなく、携帯、ゲーム、テレビが常に相手では、いい仕事はできるはずがありません。
話がそれたので元に戻すと、その彼女の趣味がヨットと来れば、とてもカッコイイではありませんか?カッコイイとは自己満足かもしれませんが、そこから入るのが重要と考えます。無気力、無関心、無感動世代とはよく言ったものですが、決して全てがそうではありません。私は自分が経験した限りにおいて、出来るだけ多くの機会を社員に提供することによって、彼らの1人でも開眼させることができればそれでいいと考えています。
次にイベントですが、2日間にわたって行なわれました。一日目は、車椅子の人をエスコート、目の見えない人をエスコートする練習などで、合わせて身障者の方をレース中サポートする人のためのヨット体験搭乗が行なわれました。
下の写真は、1日目が終わったときの弊社社員の集合写真です。なぜか皆嬉しそうです。船酔い常習の山下さんも満面の笑顔です。

翌日はいよいよレースです。わが艇にもチャレンジャーとそのお母さんが乗って、そのサポーターは弊社の社員でした。下がスタート直前の写真です。ヨットのスタートは通常本部船のマストとブイの見通し線上を時間きっちりに、しかもベストスピードできると言うとても難しいものです。私も何年もやってきましたが、一番緊張する瞬間でしかも、会心のスタートと言うのは100回やっても1回あるか、ないかです。それ故にやめられないということもあります。

風は南の微風で、手前味噌ですがまあまあのスタートでした。下の写真は上マークを回る前で、会社のロゴを冠したのがわが艇です。

船は水線長が長いほど早く、またセールも左の船のように色つきのパネルセールの方が早いですが、スタートが良かったので大型艇、同型艇のパネルセール艇と互角の勝負ができています。
結果、15艇中5位と自分では不本意な成績でした。色んな原因がありますが、それは置いといて、この2年前のこのレースでは3位入賞したことを考えると、やはり上手くありませんでした。
しかし、レース終了後のアフターパーティーは、マンボウ桟橋でのBBQで、弊社社員もスタッフとして奮闘し汗を流していました。人のために汗を流すこと素晴らしいことはありません。年齢にかかわらず、このようなことをやっている人が成長しないわけが無いというのも私の信念です。
ボランティアではありますがバイオリンとボーカルによる生ライブもあり、みんな盛り上がって十分楽しめました。
さて、楽しみの後は後始末が待っています。船をまた志摩に回航です。確か台風の接近で回航を断念しようかと迷いましたが、時間も無いので行ないました。伊良湖を越えると激しいうねりに翻弄されましたが、幸い北風だったので、風を背に一杯受けて快走し3時過ぎにはマリーナに帰着しました。
下の写真は、うねりの様子です。

何はともあれ、有意義なイベントとなり、たとえレースに参加しなかった社員も、サポーターとして皆活躍し、充実した時間だったとの感想が寄せられました。
このイベントは、弊社でも農作業ボランティア、トイレ掃除ボランティアと並んで、年一回の一大イベントと位置付け、今後も全社を挙げて取り組みます。
久間
さて、このイベントは蒲郡で行なわれるため、志摩から船を前日に回航しなければなりません。業務が忙しい最中、クルーを分けて実施しました。一口に回航といっても、自動車のようにはいきません。陸路だと200km弱で海路は60NM(約90km)ですが、船は足が遅く(時速約9km)、潮の影響を受ければそれ以下になりますし、ヨットなので風の方向によってはさらに遅くなります。
加えて自動車のように夜電気をつけて走ることはできないので、原則日没前に入港が基本です。ですから綿密な航海計画の立案が不可欠で、これが「スマートで目先が利いて几帳面、これぞ船乗り」と言う格言の原点とも言えます。
しかし、これらの要素は会社経営のみならず、ビジネスマン全てに応用でき、私は若い時から諸先輩方からの指導はもちろん、国家に面倒を見ていただいたので、感謝の念に耐えません。こうして、「陸に上がった河童」同然の私でも町工場の経営が何とかできるわけです。
話を戻し、回航に戻ります。この距離ですと朝5時に出ても夕方17時入港になります。計画してみた所、潮の影響はなさそうなので、予定通り朝5時に出港しました。海路は一直線というわけに行かず、途中、布施田水道をとおり、大王崎沖を通過し、伊良湖水道航路を横断しての、結構な航海です。

上が伊良湖岬です。朝5時に出てお昼過ぎでしたが、当日は無風、鏡をうった様な海面でした。それは夏の暑い日には何を意味するか、つまりデッキ上はとても暑いと言う事です。(ここでもヨットはセレブとは縁遠いことが分かります)
ここ伊良湖水道航路は、四日市、名古屋、豊橋に向かう大型船の航路になっていて、足が遅いヨットでの横断では最も気を使う場所でもあります。写真の左手には三島由紀夫の潮騒で有名な神島もあります。
結局この日は、目的地である日産東海マリーナに16時30分に入港しましたので、まずまずの船足を稼げたことになります。
船と言えば、「船酔い」を思う人も多いと思いますが、わがチームの唯一の女性クルーの山下さんは、いつも長いクルージングでは下の写真のようになってしまいます。(ごめんなさい)

私が若い頃船に乗っていたころも、何日乗っても船酔いする人がいて、気の毒で仕方なかったことを覚えていますが、彼女もその1人です。とうとう大病院で受診して、薬まで処方してもらったそうです。
しかし、褒めるべき点も多々あり、出港すれば必ず船酔いし、長距離になると酷い酔い方をするのですが、彼女はヨットを辞めません。それは社長が監督であると言うこともあるでしょうが、そんなことは要素としては小さいと思います。冬用の装備をこの間そろえましたが、個人負担が約5万円ですが、それも独身貴族のなせる業か、一括払いです!彼女の会社での仕事は機械加工で、小型から大型の工作機械、しかも数値制御機を自在に扱いながら部品を加工しています。(少し褒めすぎかな)
特に外国のお客さん、この間はインドのお客さんが、それにひどく驚いており、驚きを通り越して非常に感心していました。日本のお客さんでも結構驚く方が多く、当社が標榜している男女平等は間違っていないと確信しました。労働力人口が確実に減っているわが国において、女性の能力活用を真剣に考えない企業は淘汰されると私は考えており、故に職務による男女差別をしていたのでは話になりません。当たり前ですが、男女とも賃金は差がありません。
加えてマリーナ主宰のパーティー等では、素直な彼女を捕まえて話した人が、「久間さん、お宅の社員はいい子だね」と言われ、当然悪い気はしません。弊社の若い人は彼女を含め社交下手な人が多く、というより人と接することを好まない(現代の若者の風潮か?)もしくはそのような機会を避ける人が多いので、ヨットを通していろいろな価値観の人と知り合うのは、とてもよい人生経験になるし、これは間接的に企業人としての資質をも向上させると考えています。いくら優秀でも人と接することなく、携帯、ゲーム、テレビが常に相手では、いい仕事はできるはずがありません。
話がそれたので元に戻すと、その彼女の趣味がヨットと来れば、とてもカッコイイではありませんか?カッコイイとは自己満足かもしれませんが、そこから入るのが重要と考えます。無気力、無関心、無感動世代とはよく言ったものですが、決して全てがそうではありません。私は自分が経験した限りにおいて、出来るだけ多くの機会を社員に提供することによって、彼らの1人でも開眼させることができればそれでいいと考えています。
次にイベントですが、2日間にわたって行なわれました。一日目は、車椅子の人をエスコート、目の見えない人をエスコートする練習などで、合わせて身障者の方をレース中サポートする人のためのヨット体験搭乗が行なわれました。
下の写真は、1日目が終わったときの弊社社員の集合写真です。なぜか皆嬉しそうです。船酔い常習の山下さんも満面の笑顔です。

翌日はいよいよレースです。わが艇にもチャレンジャーとそのお母さんが乗って、そのサポーターは弊社の社員でした。下がスタート直前の写真です。ヨットのスタートは通常本部船のマストとブイの見通し線上を時間きっちりに、しかもベストスピードできると言うとても難しいものです。私も何年もやってきましたが、一番緊張する瞬間でしかも、会心のスタートと言うのは100回やっても1回あるか、ないかです。それ故にやめられないということもあります。

風は南の微風で、手前味噌ですがまあまあのスタートでした。下の写真は上マークを回る前で、会社のロゴを冠したのがわが艇です。

船は水線長が長いほど早く、またセールも左の船のように色つきのパネルセールの方が早いですが、スタートが良かったので大型艇、同型艇のパネルセール艇と互角の勝負ができています。
結果、15艇中5位と自分では不本意な成績でした。色んな原因がありますが、それは置いといて、この2年前のこのレースでは3位入賞したことを考えると、やはり上手くありませんでした。
しかし、レース終了後のアフターパーティーは、マンボウ桟橋でのBBQで、弊社社員もスタッフとして奮闘し汗を流していました。人のために汗を流すこと素晴らしいことはありません。年齢にかかわらず、このようなことをやっている人が成長しないわけが無いというのも私の信念です。
ボランティアではありますがバイオリンとボーカルによる生ライブもあり、みんな盛り上がって十分楽しめました。
さて、楽しみの後は後始末が待っています。船をまた志摩に回航です。確か台風の接近で回航を断念しようかと迷いましたが、時間も無いので行ないました。伊良湖を越えると激しいうねりに翻弄されましたが、幸い北風だったので、風を背に一杯受けて快走し3時過ぎにはマリーナに帰着しました。
下の写真は、うねりの様子です。

何はともあれ、有意義なイベントとなり、たとえレースに参加しなかった社員も、サポーターとして皆活躍し、充実した時間だったとの感想が寄せられました。
このイベントは、弊社でも農作業ボランティア、トイレ掃除ボランティアと並んで、年一回の一大イベントと位置付け、今後も全社を挙げて取り組みます。
久間
- 人・ヒト・ひとヨットレース
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昨年7月の宿田曽海祭り
- 2012.01.19 Thursday
- 18:19
今回は昨年7月9日(土)に行なわれた宿田曽海祭りの様子です。我がマリーナは、三重県の志摩ヨットハーバーで、初代会長は石原慎太郎氏が務めた由緒あるマリーナです。そのマリーナ主宰でお世話になっている地元への奉仕活動として行なっている行事です。
マリーナ自体は五ヶ所湾にあり、宿田曽はマリーナから20分ほど機走(ヨットでエンジンをかけて走る状態)したところにある漁港で、7-8艇のオーナーが船を提供し、2−3回に分けて地元の人々に対し体験乗船しました。乗られた方は一様に、喜んでいただき、参加して本当によかったと思うと同時に、今後も続けて参加していこうと決意しました。
やはり、仕事に限らず、あらゆる場面で「人に喜ばれる」ことほど嬉しいことはありません。人の喜びをわが喜びとし、利己ではなく利他の心をもつことが大切で、分かっていてもなかなか私のような凡人には実践ができないものですが、この海祭りというイベントを通してわずかですが実践できた気がします。
話を海祭りに戻します。
当日ですが、三々五々各艇が現地に集合し、下の写真にも載せましたが、特設ステージでイベントの説明等が行なわれ、その一環として我々ヨットオーナーが地元の幼稚園児から花束を贈呈されました。私はこのような場面が苦手なので、今年からはわが艇の唯一の若手女性クルーの山下さんにその役を譲ろうと思います。
写真は乗船していただいた方との集合写真、乗船中の写真ですが、ちょうど私の娘と同じくらいの女の子がいたのでサービスに努めましたが、何やら緊張した面持ちでした。来年はどんな方が乗船されるか楽しみです。
お祭りのイベントは、ヨット体験乗船に留まらず、魚の掴み取り等もあり、周りの生簀には生きた魚がたくさん入っており、正に漁港ならではの催しでした。
ギンギンのレースも面白いですが、こういった趣味を通してのボランティアも非常に楽しいもので、年間を通じての楽しみ一つになりました。
久間
ステージ上での花束贈呈
体験乗船中、筆者と大北クルー。
乗船された方々との集合社員。参加者は、筆者、山本、大北、山下クルー。
マリーナ自体は五ヶ所湾にあり、宿田曽はマリーナから20分ほど機走(ヨットでエンジンをかけて走る状態)したところにある漁港で、7-8艇のオーナーが船を提供し、2−3回に分けて地元の人々に対し体験乗船しました。乗られた方は一様に、喜んでいただき、参加して本当によかったと思うと同時に、今後も続けて参加していこうと決意しました。
やはり、仕事に限らず、あらゆる場面で「人に喜ばれる」ことほど嬉しいことはありません。人の喜びをわが喜びとし、利己ではなく利他の心をもつことが大切で、分かっていてもなかなか私のような凡人には実践ができないものですが、この海祭りというイベントを通してわずかですが実践できた気がします。
話を海祭りに戻します。
当日ですが、三々五々各艇が現地に集合し、下の写真にも載せましたが、特設ステージでイベントの説明等が行なわれ、その一環として我々ヨットオーナーが地元の幼稚園児から花束を贈呈されました。私はこのような場面が苦手なので、今年からはわが艇の唯一の若手女性クルーの山下さんにその役を譲ろうと思います。
写真は乗船していただいた方との集合写真、乗船中の写真ですが、ちょうど私の娘と同じくらいの女の子がいたのでサービスに努めましたが、何やら緊張した面持ちでした。来年はどんな方が乗船されるか楽しみです。
お祭りのイベントは、ヨット体験乗船に留まらず、魚の掴み取り等もあり、周りの生簀には生きた魚がたくさん入っており、正に漁港ならではの催しでした。
ギンギンのレースも面白いですが、こういった趣味を通してのボランティアも非常に楽しいもので、年間を通じての楽しみ一つになりました。
久間
ステージ上での花束贈呈
体験乗船中、筆者と大北クルー。
乗船された方々との集合社員。参加者は、筆者、山本、大北、山下クルー。- 海祭り
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ヨット部活動ブログ初投稿
- 2012.01.18 Wednesday
- 12:34
当社は昨年4月に私が発起人・部長となってヨット部を設立しました。我々のような小企業でヨット部は珍しいのですが、元本職の船乗りで、ヨットに乗り続けてきた私の経歴からすれば自然ですね。
私自身ヨットを19歳の時から始めて、途中仕事で乗れない時期が5年ほどありましたが、それでも20年以上やっていることになります。
39歳で自分の船を持ち、弧高のシングルハンダー(1人乗り)で通してきましたが、やはりこの素晴らしさを希望する社員にも味わって欲しい、シーマンシップを仕事に生かして欲しい、部員でなくても海を体感したい、というような社員のために設立しました。
もう一つは大学からヨットレースをしてきており、これだけは1人ではどうにもならないので、悪く言えば、「禁じ手である社員をクルーにしてレース参加」といったところでしょうか。それでも4名の社員が手を上げて、設立以来10ヶ月ほど経過しますが、私の厳しいしシゴキにもついてきています。
将来の構想として、新入社員のみならずシーマンシップを仕事に生かすという目的で社員の大部分に対し階層別教育の一環として訓練できたらと考えています。
ところで、社会において競争に打ち勝つ、勝ちたいという意思はとても大切で、ヨットレースを通じてそのような感覚を身に付けられれば、参加した社員にとってはとても有意義であると考えます。それは隣の同僚を蹴落とし、自分が上位の職位に就くという低級な次元の話ではなく、世界の競合を相手に正々堂々と戦い、ライバルは世界の競合のエンジニアであるという認識を持ち、彼らとの熾烈な競争をするのです。これは、会社の存在感を高め、経営理念にある「小さくてもきらりと光るものづくり」に近づくことに他なりません。話がそれましたので元に戻します。
ヨットというと金持ちのセレブなスポーツと思っている人が大部分だと思いますが、そうではありません。夏暑く、冬寒いスポーツで、下手を打てば頭から海水をかぶります。写真で見れば分かりますが、簡単なキッチン、小さなトイレ、アイスボックス、バースがあるので一応生活ができますが、家にいるような快適さはありません。しかしヨットというスポーツは自然を相手にするもので、時には大自然の力が牙を剥いて容赦なく襲ってくることもありますが、素晴らしい大自然の美しさを体感できることが多く、それ故に魅せられてやめられないのです。
これから4-5回に渡り昨年の活動を振り返ろうと思います。
久間
訓練艇"Blue Shark Jr."

キャビン内部

ギャレー

私自身ヨットを19歳の時から始めて、途中仕事で乗れない時期が5年ほどありましたが、それでも20年以上やっていることになります。
39歳で自分の船を持ち、弧高のシングルハンダー(1人乗り)で通してきましたが、やはりこの素晴らしさを希望する社員にも味わって欲しい、シーマンシップを仕事に生かして欲しい、部員でなくても海を体感したい、というような社員のために設立しました。
もう一つは大学からヨットレースをしてきており、これだけは1人ではどうにもならないので、悪く言えば、「禁じ手である社員をクルーにしてレース参加」といったところでしょうか。それでも4名の社員が手を上げて、設立以来10ヶ月ほど経過しますが、私の厳しいしシゴキにもついてきています。
将来の構想として、新入社員のみならずシーマンシップを仕事に生かすという目的で社員の大部分に対し階層別教育の一環として訓練できたらと考えています。
ところで、社会において競争に打ち勝つ、勝ちたいという意思はとても大切で、ヨットレースを通じてそのような感覚を身に付けられれば、参加した社員にとってはとても有意義であると考えます。それは隣の同僚を蹴落とし、自分が上位の職位に就くという低級な次元の話ではなく、世界の競合を相手に正々堂々と戦い、ライバルは世界の競合のエンジニアであるという認識を持ち、彼らとの熾烈な競争をするのです。これは、会社の存在感を高め、経営理念にある「小さくてもきらりと光るものづくり」に近づくことに他なりません。話がそれましたので元に戻します。
ヨットというと金持ちのセレブなスポーツと思っている人が大部分だと思いますが、そうではありません。夏暑く、冬寒いスポーツで、下手を打てば頭から海水をかぶります。写真で見れば分かりますが、簡単なキッチン、小さなトイレ、アイスボックス、バースがあるので一応生活ができますが、家にいるような快適さはありません。しかしヨットというスポーツは自然を相手にするもので、時には大自然の力が牙を剥いて容赦なく襲ってくることもありますが、素晴らしい大自然の美しさを体感できることが多く、それ故に魅せられてやめられないのです。
これから4-5回に渡り昨年の活動を振り返ろうと思います。
久間
訓練艇"Blue Shark Jr."

キャビン内部

ギャレー

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